ゲノム編集食品って聞いたことがあるけど、遺伝子組み換え食品と何が違うのかな?
ゲノム編集とか遺伝子組み換えってワードだけ聞くと少し怖いけど、改めてメリット、デメリットが知りたい。
ゲノム編集食品って具体的などんな食品に応用されているんだろう?美味しくなったりするのかな?
こんな疑問を抱えていませんか?
2020年末、日本でもゲノム編集食品の流通が認められました。2021年春から家庭菜園の苗として提供が始まると言われています。
僕も食品開発を9年を続けていることも気になっていました。
✔本記事の内容
- ゲノム編集と遺伝子組み換えの違い
- ゲノム編集食品のメリット
- ゲノム編集食品のデメリット
✔参考文献
今回は「ゲノム編集食品が変える食の未来」という松永和紀さんの本を参考文献として本記事を執筆しました。
なるべく事実を伝えつつ、間違いがないように書いていきたいと思います。食に関する内容は誤った情報が氾濫しやすので。
最低限、参考文献ぐらいは提示した上で情報発信できればと考えています。その方が、万が一間違いだったとしてもすぐに修正できますし、事実や根拠をベースにした方が安心できますよね。
それではぜひ最後までお読みください。
ゲノム編集食品と遺伝子組み換え食品の違い
生物はぞれぞれゲノムを持っています。
ゲノムとはその生物が持つ遺伝情報全体を意味している言葉です。DNAという化学物質がゲノムの本体で、ヌクレオチドという化学物質がつながってできています。
下のような、らせん上の絵を見たことはありませんか?
出典:農水省「ゲノム編集〜新しい育種技術」https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/genom_editting-5.pdf
よく生物の授業でDNAの紹介をする際に使われています。ヌクレオチドには塩基という部分があって、ATGCという4つの種類があります。塩基はらせん上に配列されていますが、この配列は数億や数十億もあり、その配列によってタンパク質の生産が決まるんですよね。
具体的には、3つの塩基配列のつながりによって、1つのアミノ酸が決まります。さらに、アミノ酸のつながる順番により、特定のタンパク質が決まります。
もう眠くなってきたかもしれませんので、基礎情報は以上です。笑
ゲノム編集食品と遺伝子組み換え食品を正しく理解するには、生物の知識はマストです。生物が分からないとただ漠然と不安になるだけです。
ゲノム編集とは特定の遺伝子のみを切ることができる技術
ゲノム編集の最大ポイントは「ゲノムのDNAの特定のたった一つの遺伝子を選び、切る」ということです。
「特定の一つ」でないなら、遺伝子を切るというのはこれまでも普通にあり、自然界でも突然変異と呼ばれ頻繁に起きています。
人類は自然の突然変異により、より良い性質を持った生物を選び栽培や飼育を続けてきました。これを「選抜育種」と言って偶然生まれた人類にとってよいものを選んで増やす、ということです。
一方、「交配育種」や「突然変異育種」といったように、おしべとめしべを近づけて授粉させたり、家畜でもよい性質をもつオスとメスをかけ合わせて交配が行われたり、種子や苗などに強い放射線や化学物質を使ったりして不特定のDNAを切って遺伝子を変異させたりしてきました。
しかし、ゲノム編集は目的の遺伝子のみをめざして、それだけを切ります。その遺伝子が関わる性質のみが変わり、それ以外は変わりません。
出典:農水省「ゲノム編集〜新しい育種技術」https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/genom_editting-5.pdf
目的の遺伝子を切るには細胞に「はさみ」を入れるてゲノムを切る必要がありますが、そのはさみの役割をしているのが酵素です。その酵素はタンパク質でできていて、ゲノムの特定の位置を切ることができます。
現在、ゲノム編集に使われる主な技術が「CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)」です。CRISPRがゲノムのDNAの狙った位置に結合し、Cas9という酵素がDNAを切ります。
なんのこっちゃって人ともいますよね。言葉で理解は難しいので下の絵でイメージしてみてください。
出典:農水省「ゲノム編集〜新しい育種」https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/genom_editting-5.pdf
この手法を開発した2人の化学者は2020年のノーベル化学賞を受賞しました。女性2人の研究者が受賞されており、大きな話題になっていますね。
そんなノーベル賞にもなった技術が「ゲノム編集」です。
今後要注目の技術だなと思ったりします。僕が学生時代は特定の遺伝子のみを切る技術などは確立されていませんでした。
2016年頃、しょうゆの麹菌に関する学会に参加したときに「CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)」を聞いたことがある程度でした。
それが、2020年にノーベル賞を受賞するような技術だとは思ってなかったので本当に驚きです。
遺伝子組み換えとは新たな遺伝子を外から追加する技術
遺伝子組み換えとは、外から新たな遺伝子を追加する技術です。
遺伝子を追加する際は、アグロバクテリウムという微生物がもつ植物に感染して自ら遺伝子を送り込むという変わった性質を使ったり、金の微粒子に遺伝子をくっつけて高圧ガスで細胞中に打ち込んだり、ゲノム編集とは全然異なる方法を使います。
ゲノム編集とは全く異なるにも関わらず、同一視されていることもあるので正しく理解することが大切です。
ちなみに、遺伝子組み換えはそう簡単に遺伝子を入れることはできません。ゲノムのどこに入るかも運任せで多くの細胞で実施し、新しい遺伝子が入りかつより良い位置に入ったものを選び出すという工程が必要です。
この選び出すという工程は結構時間がかかります。
僕も遺伝子組み換えは大学時代の研究で実施していましたが、特に選び出す工程に時間がかかり、失敗することの方が多い技術なんだなと思っていました。
なお、遺伝子組み換え食品は大豆、とうもろこし、菜種、綿が加工用や飼料用として輸入により流通されています。
>> 農水省の新しいバイオテクノロジーで作られた食品について
まとめ
それではゲノム編集と他の育種方法をまとめます。従来から育種と言って人間にとって都合の品種改良は行われてきました。
それも含めてまとめています。
従来の育種 | 遺伝子組み換え | ゲノム編集 | |
---|---|---|---|
手法 | ・交配 ・放射線や化学物質 による突然変異 | 外来遺伝子を導入 | 酵素でDNAを切断 |
特徴 | 変異させるゲノムの 場所を事前には 決められない | 遺伝子が入る場所を 事前には決められない | 変異させる場所を事前に決め、 狙って遺伝子を変異させる |
外来遺伝子 | なし | あり | なし |
開発期間 | 数年〜数10年 | 数年〜10年 | 1年〜数年 |
こんな感じでゲノム編集は他の育種より、開発期間も短く、特定の遺伝子をターゲットできる点が技術ポイントといえますね。
ゲノム編集食品のメリット3つ
それではゲノム編集食品のメリットを具体例を使いながら紹介していきますね。
【メリット①】ゲノム編集食品は機能性成分を強化できる
ゲノム編集食品の国内第1号は血圧を抑えるトマトです。
このトマトはアミノ酪酸(GABA)という成分を多く含むトマトで、筑波大学の機能植物イノベーション研究センターの江面センター長らが基礎研究を10年ほど続けてきたと言われています。※関連リンク
トマトは他の野菜や果実に比べてGABAが多いのですが、血圧上昇抑制効果を得るには大量のトマトを食べなければなりません。そこで、日常的にラクに食べられる量でトマトの効果を得られるようにしようと、ゲノム編集の技術を使って育種が進みました。
余談ですが、よく流れる情報で「この食品には〇〇成分が入っているので、〇〇病予防によい」という情報は、摂取量を無視した論法です。自然物、人口物問わず、食品や医薬品は入っている化学物質は、摂取量によって人への影響は変わります。
なので、例えば風邪薬は1日、1回にとる量が決まっていますよね。少ないと効かず、多すぎると過剰摂取の害が起こります。
GABAはトマトの植物体内でグルタミン酸というアミノ酸から作られています。その生合成にかかわるGADという酵素の遺伝子をゲノム編集してGAD活性を上げて、GABAがたくさん作られるようになっています。
高血圧で悩んでいる人にはありがたい話ですよね。
【メリット②】ゲノム編集食品は増産や可食部アップにつながる
農研機構では収量の多いイネの開発をゲノム編集技術を使って進めています。
正しくは「シンク能改変イネ」と言われています。シンク能とは光合成でできた物質を蓄えておく能力で、籾の数と籾の大きさ(重量)でシンク能が決まります。
農研機構ではシンク能に関わる遺伝子のゲノム編集技術により変異させ、高品質の米を多く収穫できる系統の開発をめざしているんですね。
一方で、魚の育種にもゲノム編集技術が応用されています。
京都大学と近畿大学の研究チームはゲノム編集技術により筋肉を増量させたマダイを開発しました。肉厚マダイとかマッスルマダイなどとも呼ばれます。マダイは体重に占める可食部の割合が4割以下。ブリは6割以上で、比べれば効率が悪く改良が求められていました。
京都大学の木下政人助教によると、ゲノム編集されたのはミオスタチン遺伝子。ミオスタチンという物質は筋肉細胞の増加や成長を止める役割を果たしており、この物質を作る遺伝子の働きをゲノム編集で止めたところ、筋肉が増え肉の厚いタイができました。
結構、肉厚なのが見ると分かりますよ。
余談ですが、この研究は牛での研究が元になっています。
ベルギーで通常の交配によって開発されたベルジアンブルーと呼ばれる筋肉もりもりの品種があります。調べるとミオスタチン遺伝子が変異している事がわかっており、ベルギーでは飼育されている牛の9割がベルジアンブルーの血糖だそうです。
肉が柔らかくて脂肪分が少ないといった特徴をもっています。
【メリット③】ゲノム編集食品は毒性を軽減できる可能性あり
参考文献ではゲノム編集で毒性物質を含まないジャガイモができるかもしれない。と紹介されていました。
ジャガイモはみなさんも食べる前に芽を除去しますよね。よくソラニンやチャコニンと呼ばれますが、ジャガイモの芽には毒があります。
具体的な成分はステロイドグリコアルカロイド(SGA)と言い、実際にはかなり毒性の強い物質です。
農水省のHPでも紹介がありますが、体重50kgの成人がSGAを50mg食べると症状がでる可能性があり、150〜300mg食べると死ぬ可能性があると考えられています。
最近は外食ばかりで食の知識が浅い人もいるかもしれませんが、意外と身近で馴染みのある食材にも毒性が含まれているのは事実なんですね。
ゲノム編集では特定の部位を切って一気に遺伝子を変異させることができ、大阪大学の研究チームらが毒のないジャガイモの作出に成功しています。
すぐに市場に出回ることはないかもしれませんが、ジャガイモは世界的にも食べられる素材ですし意義の大きい研究ですよね。
ゲノム編集食品のデメリット3つ
【デメリット①】指摘の多い「オフターゲット変異」とは
ゲノム編集の問題点としてよく指摘されるのが「オフターゲット変異」です。CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)を用いてゲノム編集を行う場合、CRISPRが誤ってターゲットではない違う位置にくっつき切ってしまう場合があります。
これをオフターゲット変異と言います。
確かにオフターゲット変異のリスクゼロではないですが、その確率は低く、しかも、起きないように対策するリスク管理が行われています。
CRISPRの仕様は特定部位の20塩基につくように設計されており、塩基は4種類あることから、4通り×4通り×4通り…と4を20回掛け算すると1兆通り以上の可能性があり、そのうちたった1通りの塩基配列にくっつきます。
同じ生物の中で偶然、同じ20塩基配列がある、という可能性はゼロではないですが、確率論的にいうとかなり少ないといえます。
とはいえ、対策としてはゲノム情報が解読されている生物をゲノム編集する際は、ゲノム中に狙った塩基配列と同じ配列や似た配列がないか事前に調べているようです。
同じ配列がある場合は別の配列に変更したり、似た配列がある場合はゲノム編集したあとで似た配列のところで切れていない、変異していないか確認したりします。
このように、ゲノム編集後の工程でオフターゲット変異がないか確認しているんですね。
一方で、従来からある交配育種では数万〜数十万の変異が入り、突然変異育種では数百〜数千の変異が起こると日本育種学会では言われています。元も性質に戻す場合は戻し交配が行われますが、ゲノム編集の方が変異が特定部位に限定されるため変異が少なく、マイルドな育種では説明する専門家もいるようです。
確かに従来の育種では誰もあまり気にせず品種開発者に安全管理が任されますが、ゲノム編集のみに「ダメだ、リスクがある」と言い切るのは公平ではない気もしますね。
新技術なので賛否両論あっていいのですが、科学的な事実を無視して感情で判断するのはしたくないですね。よく知らないからなんとなく反対では、科学の進歩は永遠にありませんから。
【デメリット②】イメージが先行しエビデンスが理解されていない
ゲノム編集食品は安全なのか、危険なのか、よく議論されそうな話題です。
逆に自然だから安全で、人工的だから危険なのか?特に健康食品の話でよく起こりそうな話題ですよね。
参考文献の著者はよく尋ねられるそうで、「従来の食品と同等に安全ですよ。でも、リスクゼロ、パーフェクトな安全は保証できません」と答えるそうです。
コロナ禍でも感染リスクといった言葉がよく聞かれますが、感染リスクゼロは人間が生活する以上ありえないのはないでしょうか。ずっと誰とも会わない、外出せず空気のキレイな室内に閉じこもるしか完全なリスクゼロにならないのが事実ですよね。
それと同じでゲノム編集だから危険、自然で国産だから安全というのは因果関係が無視されている議論であり、リスクがゼロな食品はありません。ジャガイモも実際に毒性を持っていますし、今、毒性のないと言われている食品も品種改良を重ねた結果、普通に食べられるようになったものもあります。
例えば、トマトの原種は人に有害な物質が含まれていましたが、改良し続けて現在のおいしいトマトになっています。
科学的な知識や歴史などを勉強しないと事実にたどり着けないですし、感情で判断してしまうのはナンセンスですね。
【デメリット③】ゲノム編集は万能な技術ではない
ゲノム編集による品種改良は進化し続けていますが、ゲノム編集は万能ではありません。
例えば、作物の美味しさには多くの遺伝子が関わっていますが、ゲノム編集では1つの遺伝子を変異させることはできるものの、多くの遺伝子が関係している性質を一気に変えることができません。
その場合は、従来のおしべとめしべを掛け合わす交配育種が適していている場合が多いのですね。
また、新しい性質を付加するには遺伝子組み換えが有効で、品種改良に様々な方法論を用意しておくことが、様々な課題解決に繋がります。
ゲノム編集食品のまとめ
ゲノム編集食品についてエクストリームで解説してみました。ゲノム編集食品は多くの人に詳細が説明される前に不安を抱かれたこともあったそうです。
参考文献では、もともと遺伝子組み換えに否定的な人はゲノム編集に対してもより否定的であることが分かっているようです。デメリットでも書きましたが、正しく科学的な事実が伝わっていないことが原因の一つかもしれません。
人間は新しい技術を受け入れがたい生き物ですし、食品に限らずよく分からないものにはそれだけで否定的になるものです。
この記事を読んでいる人はどうかは分からないですが、イメージだけで判断するのは不幸になるのではと思ったりもします。なぜならイメージだけ判断するとその意思決定の理由が「なんとなく」とか「よく分からないから」と漠然としたものになってしまうからです。
その決定が失敗した時も理由がテキトーだとまた同じ失敗する可能性も上がります。
令和の時代は、気になっていることは自分で調べ、どんなメリットがあり、デメリットがあるのかを正しく理解し判断することが大切になっているはず。
例えば、最近では代替肉なんてワードも食品業界ではトレンドになっています。
食に関連する新しい技術はフードテックというワードもバズって急速に発達しています。私もどんどん勉強して発信していく予定です。
今回は以上となります。